エネルギッシュな東南アジアのストリートアート

東南アジアにおいても国際的アートフェアやギャラリーで高値で取引される現代アーティストの多くは、美術館の支援や欧米での教育など、ある程度経済的な基盤や特権的なアクセスを持っていることが一般的です。しかし、東南アジア・アートシーンのエネルギーは、まさに「ストリート」において脈打っています。この地域のストリートアート(グラフィティ、ウォールアート、ステッカーなど)は非常に活発で、社会への直接的なメッセージ発信や、都市空間の再解釈の重要な手段となっています。


ストリートアートが活発な主要都市

      
都市 特徴
ジョージタウン (ペナン島) マレーシアストリートアートブームの火付け役。 リトアニア人アーティスト、アーネスト・ザカレヴィッチ (Ernest Zacharevic)が2012年に描いた一連の壁画が世界的に有名になり、観光資源としても確立しました。ノスタルジックな古い街並みとアートが融合しています。
バンコク タイ グラフィティやウォールアートが非常に活発なハブです。運河沿いや廃墟、特定の公園などがストリートアートの公開ギャラリーと化しており、政治批判やユーモラスなキャラクターが見られます。
ジョグジャカルタ / バンドンインドネシア アート・コレクティブ (アーティスト集団) の活動が盛んな場所柄、街中にも独自のグラフィティやウォールペイントが溢れています。社会や政治に対する強いメッセージを込めたものが多く、市民との距離が近いのが特徴です。
シンガポール シンガポール 法律や規制が厳しい都市ですが、カンポングラム(マレー文化地区)やハジレーン、チャイナタウンといった特定の文化地区では、公式に許可されたアートが多く、カラフルでモダンな作品を楽しむことができます。
セブ フィリピン グラフィティの聖地の一つとも言われるほど、ストリートアートが盛んです。アンダーグラウンドで活躍するアーティストが多く、街中の大通り沿いの壁などにグラフィティが頻繁に更新されています。

ストリートアートは、ギャラリーシステムや経済的なバックグラウンドとは別の場所で、アーティストが即座に、かつ広範に社会とコミュニケーションをとるための重要なプラットフォームを提供しています。東南アジアのアートシーンは、アーティスト個人だけでなく、アート・コレクティブ(アーティスト集団)の活動が非常に活発で、特に社会変革や地域コミュニティとの関わりにおいて重要な役割を果たしています。これらのコレクティブは、公共スペースの不足や政治的な制約といった課題に対し、自立したプラットフォームとして機能しています。最も影響力があり、国際的にも知られている東南アジアのアート・コレクティブをいくつかご紹介します。


主要アート・コレクティブ

  1. ルアンプラ (ruangrupa) 国: インドネシア (ジャカルタ) 結成: 2000年
    特徴: 世界で最も影響力のあるアート・コレクティブの一つであり、「コミュニティ」と「協働(コラボレーション)」を核とした活動を行っています。
    活動内容:2022年のドクメンタ15(ドイツ)で、アジア初の総合ディレクター(アーティスティック・ディレクター)を務め、世界的な注目を集めました。彼らの実践は、「ルンブン(Lumbung)」というインドネシアの伝統的な「共同の米蔵」の概念に基づいており、リソース(知識、時間、金銭など)を共有し、コミュニティ内で分配することを重視しています。ギャラリーや美術館といった既存の制度の外で、フェスティバル運営、教育プログラム、出版、アーカイヴなど、多岐にわたる活動を通じて、アートが社会に深く根付くためのシステムを構築しています。


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  3. Silingan Visual Art Group (シリンガン・ビジュアル・アート・グループ) 国: フィリピン(マニラ周辺) 結成: 2017年
    特徴: ストリート・アートやグラフィティを基盤としつつ、地域社会の課題に根差した作品制作やプロジェクトを行う集団です。
    活動内容:メンバーはフィリピンの現代アートシーンで活躍する若い世代のアーティストで構成されています。彼らは、都市の貧困、歴史的記憶、政治的な緊張などをテーマに、壁画制作や公共スペースでの展示を行い、人々の生活に密着した視覚言語を生み出しています。




  4. The Reading Room Bangkok (ザ・リーディング・ルーム・バンコク) 国: タイ (バンコク) 結成: 2009年
    特徴: アート関連の書籍や資料を収集・公開する非営利の私設図書館であり、同時にアーティストが集い、議論し、プロジェクトを企画するためのプラットフォームとしても機能しています。
    活動内容:タイには公共のアート資料館が不足しているため、この場所はアーティストや研究者にとって非常に貴重な存在となっています。ここでは、展覧会、レクチャー、映画上映などが定期的に開催され、単なる作品制作にとどまらない、アートを通じた知識の共有と社会的な対話を促進しています。これらのコレクティブは、東南アジアにおいて、アートが政治、社会、教育、コミュニティ形成といったより広範な文脈で機能するための、自律的で持続可能なモデルを提示しています。


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    注目すべきストリートアーティスト

    1. ALEX FACE (アレックス・フェイス) 国: タイ 特徴: タイを代表する国際的なグラフィティアーティスト。彼の象徴的なキャラクターは、三つ目のウサギの赤ちゃん「マルディ (Mardi)」です。これは社会の暗い現実に対して、無垢な子どもの視点で問いかけるメッセージが込められています。バンコクの街中をはじめ、世界中の都市で見ることができます。




    2. MUEBON (ムーボーン) 国: タイ 特徴: タイのストリートアーティストで、彼のシグネチャーは黒いヒヨコやカラスのようなキャラクター「プクルック (Pukruk)」です。タイ語で「落ち着きのない手」を意味するMUEBONは、社会や環境に対する皮肉やコメントを、この愛らしいけれどどこか不穏なキャラクターを通じて表現します。


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    4. Ernest Zacharevic (アーネスト・ザカレヴィッチ) 国: リトアニア (主にマレーシアで有名に) 特徴: マレーシアのペナン島ジョージタウンのウォールアートブームを巻き起こしたアーティストです。彼の作品は、実在の人物やバイクといった要素と、壁に描かれたイラストを組み合わせた「立体的なウォールアート」が特徴で、地元の生活や日常の情景をノスタルジックかつユーモラスに描き出します。


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