クラウド型 S/4HANAの移行・導入がなぜ伸びているのか

         

参考動画:AI が駆動する Business Suite(日本語版・音声付き)~SAP NOW AI Tour Tokyo 基調講演デモ~


突発的な外部環境の変化(関税政策の変更など)に対し、SAPのAIエージェント「Joule(ジュール)」を活用することで、各部門のリーダー(CFO、CRO、COO、CHRO)がどのように迅速かつ戦略的に対応できるかをデモンストレーション形式で紹介。SAPのビジネスアプリケーション、データ、AIが連動して「勘や経験に頼らない迅速な意思決定」と「部門を跨いだトータルな対応」が可能になる様子を強調しています。

なぜ今、急増? 3つの背景

日本におけるSAP基幹システム、とりわけS/4HANA Cloud(クラウド型)への移行・導入が、急速に加速しています。
直近の決算発表などでは、クラウド関連の売上が前年比20〜30%増で推移しており、中でも「S/4HANA Cloud」などの主力製品は前年比90%増(約2倍)といった数字が出る四半期もあるほど。SAPジャパンの業績において、クラウドERPの売上は極めて高い成長率を記録しています。これは単なる「システムの入れ替え」ではなく、経営環境の変化が影響しています。

1. 「2027年問題」のタイムリミット 従来の主力製品(SAP ERP ECC 6.0)の標準保守期限が2027年末に迫っています。基幹システムの刷新には数年かかるため、ここ3年で多くの企業が重い腰を上げ、実際のプロジェクトをスタートさせました。

2. クラウドシフト(RISE with SAP)の浸透 以前は「基幹システムをクラウドに置くのは不安」という声もありましたが、ここ数年で「クラウドファースト」が日本企業の常識になりました。SAP社が推進するクラウド移行パッケージ「RISE with SAP」の採用が進んだことが大きな要因です。

3. DX(デジタルトランスフォーメーション)基盤としての需要 古いシステムを維持するのではなく、「データを活用して経営判断を早くする」ための基盤としてSAPを再導入・新規導入する企業が増えています。

導入事例に見る成功のポイントとは

ここ3年ほどのSAP導入(特にS/4HANA化)における最大のトレンドは、「業務をシステムに合わせるFit to Standardというアプローチの徹底です。
以前の日本企業は「今の業務に合わせてSAPを改造(アドオン開発)する」のが主流でしたが、最近はコスト削減と将来の拡張性を重視し、「標準機能だけで業務を回す」ことに挑戦する企業が増えています。
象徴的なパターンと具体的な企業事例をご紹介します。

【徹底的な標準化】「アドオンゼロ」への挑戦

従来の日本企業の常識を覆し、カスタマイズ(アドオン)を極限まで排除して導入した事例です。

ライオン(LION)
・取り組み: 2021年から稼働した新基幹システム(S/4HANA)において、「アドオン開発ゼロ」という極めて野心的な目標を掲げました。
・ポイント: 独自の商習慣や業務プロセスがあっても、システム側はいじらず、「業務のやり方を変える」ことで対応しました。これにより、システム維持コストの大幅な削減と、将来のバージョンアップが容易な環境(クリーンコア)を実現しています。
・成果: 業務プロセスとシステムの完全な標準化に成功し、DX推進の足かせとなる「レガシーシステム化」を防いでいます。

【全社変革】「One ERP」によるデータ経営への転換

バラバラだった社内システムを一本化し、経営判断を速めるための事例です。

富士通(Fujitsu)
・取り組み: 社内実践プロジェクト「One Fujitsu」の一環として、グローバル全拠点の基幹システムをSAP S/4HANAに統一する巨大プロジェクトを推進中です。
・ポイント: 自社がITベンダーでありながら、あえて「標準機能への準拠(Fit to Standard)」を徹底。自社のエンジニアがコードを書くことを禁止するほど、「標準をそのまま使う」ことにこだわっています。
 ・成果: 経営データがグローバルで統一定義され、リアルタイムでの損益管理や迅速な意思決定が可能になる基盤を構築しています。

事例から見える「成功の共通点」

これら近年の成功事例には、共通する 「3つの決断」 があります。

1. トップダウンのコミットメント 現場任せにすると「使いにくいから直してほしい」という要望でカスタマイズが増えます。経営層が「標準に合わせる(業務を変える)」と断言しています。

2.「クリーンコア」の意識 将来、AI活用や頻繁なアップデートに対応できるよう、システムの中身をきれいに保つ(改造しない)ことを最優先しています。

3. DXとのセット導入 単なる「古いシステムの置き換え」ではなく、「データを使って何をするか」というDX戦略の一部として導入されています。

Fit to Standardの難所:「ラストワンマイル」

Fit to Standardを推進する際、最も大きなハードルは「現場の反発」です。標準機能ではどうしても対応できない「特有のラストワンマイル業務」をどう補完すべきかが課題となります。そこで物流・配送業を例に考えてみましょう。SAPはグローバルな大規模物流(BtoBの幹線輸送やコンテナ輸送)には非常に強い一方、日本特有の「緻密な配送指定」「受領印の電子化」「動態管理」といった、現場に密着したラストワンマイルの細かな要件をすべて標準機能でカバーするのは困難です。ただこれを無理にSAP本体を改造(アドオン)して対応するのではなく、「外付け」で補完するのが最新の定石です。

ラストワンマイルを補完する3つの具体策

1. 「クリーンコア」を維持する補完アーキテクチャ
基幹システム(SAP)は「きれいな状態(標準)」に保ち、現場特有の機能は別のクラウドサービスやアプリで実装し、APIで連携させる手法です。
・SAP S/4HANA (コア): 顧客データ、在庫、請求、売上管理などの「確定データ」を扱う
・SAP BTP (Business Technology Platform): SAP本体を汚さずに、日本独自の機能(例:不在連絡対応、特定の伝票フォーマット)を開発する場所。
・外部SaaS/モバイルアプリ: ドライバーが持つ端末や、配車最適化エンジン。

2. ラストワンマイルを補完する3つの具体策

① 配送ルートの最適化(AI配車エンジンとの連携)
SAP標準のTMS(輸送管理)でも基本的な配車は可能ですが、日本の複雑な路地、時間指定、荷積み制約を考慮した「究極の効率化」には、特化型の配車AIを組み合わせます。
・ 補完法: SAPから「配送オーダー」を外部の配車SaaS(LoogiaやLYNAなど)へ飛ばし、算出された「最適ルート」を再びSAPに戻して、運行管理と紐付けます。

② ドライバー用モバイルアプリの活用(動態管理)
ドライバーが配送完了を入力したり、受領サインをもらったりする作業は、SAPの画面で行うには複雑すぎます。
・ 補完法: 直感的なUIの専用モバイルアプリを用意します。ドライバーが「配送完了」を押した瞬間に、SAP側のステータスが「売上計上」へと自動更新される仕組みを作ります。これにより、現場の負担を増やさずにリアルタイムな進捗把握が可能になります。

③ 日本独自の商習慣(伝票・ラベル)の吸収
日本の物流では、荷主ごとに異なる指定伝票や、細かい検品ラベルの出力が求められます。
・ 補完法: これらをSAPの中で開発すると、帳票の種類が増えるたびに保守コストが跳ね上がります。帳票出力専用のクラウドサービス(SVF Cloudなど)と連携させ、「データはSAP、レイアウトは外部」と切り分けることで、柔軟な変更を可能にします。

        

参考動画:自動配車クラウド「Loogia(ルージア)」produced by OPTIMIND


3. この「補完法」がもたらすメリット

このアーキテクチャで導入を進めると、以下の恩恵を受けられます。

・現場の生産性を落とさない:
現場には「使いやすい専用アプリ」を、経営には「標準化された正確なデータ」を両立できます。

・変化への即応:
新しい配送サービスや法規制が登場しても、外側のアプリを修正するだけで済み、基幹システム(SAP)を止める必要がありません。

・データの一貫性:
現場の「ラストワンマイルの動き」が、そのまま「会計データ」に直結するため、収益分析の精度が劇的に向上します。