牡蠣の大量死は自然災害なのか?その対策と未来を探る

         

カキ大量死の原因は「高水温・高塩分」が影響か 県が調査結果で可能性示す・広島県(広テレ!News) : 
そこには、ホタテの殻に沢山の牡蠣を連ねる「垂下式」で養殖する姿が


この動画は、日本有数の牡蠣の産地である広島県で発生した牡蠣の大量死について、高水温と高塩分が養殖(特に夏を越すノコシ養殖の牡蠣)に致命的な打撃を与えたのでないかと説明しています。
そこで、まずは「ノコシ養殖」とは何かについて説明します。牡蠣の「ノコシ養殖(抑制養殖・越年養殖)」は、通常1年で出荷するところを、あえて出荷せずにもう1年海に残し、2年〜3年かけて育てる手法のことです。この手法は「ハイリスク・ハイリターン」な側面が強く、成功すれば非常に高品質な牡蠣になりますが、失敗(へい死)のリスクも跳ね上がります。

1. ノコシ養殖のメリット

最大のメリットは、「圧倒的なサイズと付加価値」です。

・サイズが大きくなる(2L〜3Lサイズ)
1年物(当歳貝)に比べ、殻も身も一回り以上大きく育ちます。「ジャンボ牡蠣」などとしてブランド化しやすく、見栄えが非常に良くなります。

・単価が高くなる
サイズが大きいため、1個あたりの取引価格が高くなります。贈答用や高級オイスターバー向けとして高値で取引されます。

・身入りと味の濃厚さ
長く栄養を蓄えるため、グリコーゲン等の旨味成分が増し、味が濃厚でクリーミーになる傾向があります(※ただし、産卵後の回復具合によります)。

・出荷時期の調整1年物の牡蠣(新貝)がまだ小さくて出荷できないシーズン序盤(10月〜11月頃)でも、ノコシた牡蠣であれば十分な大きさがあるため、早期に出荷して市場の需要を満たすことができます。

2. へい死のリスクとメカニズム

ノコシ養殖の最大のリスクは、「夏場の大量へい死」です。「体が大きい牡蠣ほど死にやすい」というパラドックスがあり、漁場によっては5割〜9割が死滅することもあります。
なぜノコシ(2年貝)は死にやすいのか、そのメカニズムは主に以下の複合要因です。

① 産卵による体力の消耗(最大の要因)
・産卵の負担: 牡蠣は夏に産卵を行いますが、体が大きいノコシの牡蠣は、大量の卵や精子を放出します。これにより、小さな牡蠣よりもエネルギーを使い果たし、極度の「産卵疲れ」状態に陥ります。
・回復力の低下: 老廃物が蓄積し、生理機能が低下している状態で高水温の夏を越さなければなりません。
② 高水温と酸素不足(環境ストレス)
・高水温: 近年の猛暑による海水温の上昇は、変温動物である牡蠣の代謝を無理やり上げさせ、体力を奪います。
・貧酸素水塊: 夏場、海底付近の酸素濃度が下がる「貧酸素水塊」が発生すると、逃げ場のない牡蠣は酸欠で窒息死します。

※特にノコシは弱い: 1年目の若い牡蠣なら耐えられる環境変化でも、①の産卵疲れがあるノコシの牡蠣は耐えきれずに死んでしまいます。
③ 過密養殖による餌不足
・養殖筏(いかだ)に吊るす密度が高いと、餌(プランクトン)の奪い合いになります。ノコシ養殖は体が大きいため多くの餌を必要としますが、餌不足になると体力が持たず、夏を越せなくなります。

まとめ:リスク管理の重要性

ノコシ養殖は、「産卵で弱り切った体に、真夏の高水温と酸欠が襲いかかる」という非常に過酷なサバイバルを強いる方法です。そのため、成功させるためには以下の対策が不可欠とされています。

・密度を減らす: 筏に吊るす本数を減らし、1個体が十分な餌を食べられるようにする。
・漁場の選定: 夏場でも潮通しが良く、水温が上がりすぎない(または酸素が豊富な)場所へ筏を移動させる。

近年は海水温上昇の影響でノコシのリスクが年々高まっており、あえて1年で売り切るサイクルに戻す生産者もいるほど、経営判断が難しい手法となっています。

ハイリターン戦略(ノコシ養殖)が裏目に

このように大量死の主役となった「ノコシ養殖」をみてみると、確かに今年度夏の「海水温上昇」や少雨のよる「高塩分濃度」といった自然災害の側面はありました。しかし、そのリスクが年々高まってきたのは周知の事実のはず。そして前述した対策(密度を減らす・漁場の選定)も存在していました。そのため「海水温上昇や7月の少雨は想定内、環境変化に対応できない体制がおかしい」という疑問が生じます。調べてみるとこれを裏付ける、以下の3つの構造的な問題点が浮き彫りとなりました。

1. 「安全マージン」を削りすぎた過密養殖の責任
「少雨や高水温で全滅した」ということは、裏を返せば「最高の好条件が揃わないと生存できないギリギリの過密状態」で養殖をしていたことになります。

・環境収容力(キャパシティ)の無視: 海には「これ以上の数の牡蠣を飼うと酸素や餌が足りなくなる」という限界ライン(環境収容力)があります。

・リスク管理の欠如: 本来、漁協の指導層であれば「夏場の高水温や少雨(=高塩分・プランクトン減少)」のリスクを見込んで、あらかじめ筏(いかだ)の数を減らす、あるいは収容密度を下げるという「安全マージン」を持たせた指導を行うべきです。

・結果: しかし、実際には生産量や売上目標を優先し、海が許容できる限界ギリギリ(あるいは超過)まで詰め込むことが常態化しています。これでは、少し雨が降らなかっただけで崩壊するのは「当然の帰結」であり、これを「天災」と呼ぶのは無理があります。

2. 「高品質化(ノコシ)」と「環境リスク」のミスマッチ
前述の通り、ノコシ養殖は牡蠣に強烈な負荷をかけます。「高品質なブランド牡蠣を作ろう」と旗を振ったのが漁協や県の水産課であるならば、同時に「ノコシを行うなら、通常の養殖よりもさらに密度を半分以下に落とさなければならない」といった厳しい規制や指導が必要です。
しかし、現場では「高値で売れるノコシを、今まで通りの数作りたい」という欲求が先行し、監督する側もそれを黙認、あるいは推奨してきた経緯があります。「ハイリスクな商品に手を出させておきながら、リスクヘッジの指導を怠った」と言われても仕方のない状況です。

3. 「環境のせい」にすることの政治的メリット
なぜ彼らは頑なに「環境変化(温暖化・少雨)」を強調するのか。そこには明確なメリットが存在します。

・責任の外部化: 「経営判断のミス(過密養殖・計画不備)」と認めれば、漁協や経営者の責任問題になります。しかし「異常気象」のせいにすれば、誰も悪くないことになります。
・公的支援(補助金)の獲得: 「自然災害」という枠組みにすることで、国や自治体からの補償や復旧支援、種苗購入の補助金を引き出しやすくなります。経営失敗の穴埋めを税金で補填してもらうためには、「想定外の天災」である必要があるのです。

結論
今年の7月の少雨や猛暑といった気象条件は、現代の気候トレンドを見れば「十分に起こりうるリスク(想定内)」でした。それを「想定外」と言い張るのは、「天候が少しでも悪化すれば破綻する脆弱な生産体制」を放置し、改善してこなかった監督官庁(漁協・行政)の怠慢であると言えるでしょう。漁業協同組合(漁協)は単なる組合ではなく、行政的な権限(漁業権の管理・指導)を持つ組織です。「想定外の天候」という言葉が、「構造的な不作為」や「見通しの甘さ」を隠すための免罪符として使われている側面は否定できません。産業としての持続性を考えるならば、「雨が降らなくても生き残れる適正密度に戻す(生産量を減らす)」という痛みを伴う改革が必要ですが、目先の利益と組織の論理がそれを阻んでいるのが実態のようです。

なぜ漁協は変われないのか:牡蠣大量へい死事案に見る漁協の構造的な問題

ニュースでは「海水温上昇」や「少雨」が原因と推定されていますが、これらは引き金に過ぎません。真の原因は、環境の変化に対応できない硬直化したシステム、すなわち「漁協という組織構造そのもの」にあると言えそうです。

1. 「悪平等」による過密養殖の常態化
日本の養殖業における最大の問題は、科学的な「環境収容力(海が養える限界)」よりも、組合員間の「平等」が優先される点です。
・「海はみんなのもの」の弊害: 漁業権は漁協が一括して管理し、それを組合員に割り当てます。もし科学的に「今年は水温が高いから、筏(いかだ)を今の100台から50台に減らさないと全滅する」と分かっていても、誰の筏を減らすのか?という合意形成ができません。
・総量規制の失敗: 「AさんもBさんも同じ数だけ減らそう」と提案しても、「生活がかかっている」「俺は腕がいいから死なせない」と反対されれば、漁協の執行部は強く出れません。
・結果: 誰も身を引かず、全員が限界ギリギリまで詰め込む「チキンレース」が続き、環境負荷の限界を超えて「共倒れ(全滅)」するという、典型的な「コモンズの悲劇」が起きています。

2. 責任能力のない「互助会」ガバナンス
漁協は企業ではなく、あくまで「組合員の互助組織」です。これが迅速なリスク管理を阻害します。
・指導力の欠如: 漁協の役員は、組合員の中からの選挙や持ち回りで選ばれます。つまり、「昨日までの隣人」が上司になります。厳しい是正勧告(「お前のやり方は密度が高すぎるから減らせ」等)を行えば、次の選挙で落とされるか、村社会で村八分にされるリスクがあります。
・事なかれ主義: 結果として、科学的根拠に基づいた厳しい管理よりも、波風を立てない「なあなあの運営」が優先されます。「ノコシ養殖」のようなハイリスクな賭けに出る際も、リスクヘッジ(密度の半減など)を強制できず、個人の判断任せにした結果が今回の大量死です。

3. 「失敗=天災」にするモラルハザード(補助金依存)
漁協には、経営の失敗を「自然災害」にすり替える強力なインセンティブが存在します。
・経営ミスなら自己責任、天災なら税金投入: 「過密養殖による酸欠」と認めれば、それは経営者の過失であり、誰も助けてくれません。しかし、「記録的な高水温と少雨による異常事態」と定義すれば、それは「赤潮・災害対策事業」などの公的支援(補助金)の対象になります。
・学習機能の欠如: 死んでも国が補填してくれる、あるいは稚貝の購入費を補助してくれるという構造がある限り、痛みを伴う改革(生産量を減らして単価を上げる等)を行う動機が生まれません。「来年は雨が降れば大丈夫だろう」という神頼みの経営が温存され続けます。

4. 「漁業権」という既得権益の壁
根本的な問題は、海を使う権利(区画漁業権)が、やる気や能力のある個人ではなく、漁協という「地域独占組織」に固定されていることです。
・新規参入の阻害: もしこれが自由市場であれば、「高密度で失敗ばかりする業者」は淘汰され、「低密度で高品質な牡蠣を作る、リスク管理に優れた企業」が参入して漁場を使えるようになります。

・新陳代謝の欠如: しかし、現行法では優先順位として地元の漁協が権利を握り続けるため、どんなに失敗してもプレイヤーが入れ替わりません。「失敗しても退場させられないプレイヤー」が運営するカジノ、それが現在の日本の養殖現場です。

結論:変われないのは「変えると損をする」構造だから

今回の大量へい死は、以下のサイクルの結果です。
1. 欲張る: 高く売れる「ノコシ」を作りたいが、生産数は減らしたくない(過密)。
2. 無視する: 漁協は「密度を下げろ」と強制できない(ガバナンス不全)。
3. 破綻する: 想定内の気象変化(少雨・高水温)で、余裕のない海がパンクする。
4. 責任転嫁する: 「異常気象だ!温暖化だ!」と叫び、補助金を獲得して延命する。

これは「環境のせい」にした責任逃れです。しかし、より深く見れば、「失敗を環境のせいにした方が、組織として生き残りやすい(補助金がもらえる)」という日本の水産行政の構造そのものが、彼らをスポイルし、変わる機会を奪っていると言えます。この構造にメスを入れない限り、来年も再来年も、彼らは「想定外の異常気象」と戦い続けることになるでしょう。

新しい養殖モデルが切り拓く未来

漁協の「既得権益」や「事なかれ主義」の壁を突破し、科学的かつ合理的な経営を行うための新しい養殖モデルは、すでに動き始めています。これらは大きく分けて「陸上へ逃げる(物理的独立)」「法制度を変える(法的独立)」「自ら売る(経済的独立)」という3つのアプローチがあります。

1. 【物理的独立】海を使わない「完全陸上養殖」
漁協が管理するのは「海面」です。ならば「陸上で作れば漁協の許可はいらない」という逆転の発想です。最も注目されている分野で、大企業も参入しています。

・JR西日本「オイスターぼんぼん」(広島県・大崎上島)
 ・仕組み: 塩田跡地の池を利用し、地下から海水(地下海水)を汲み上げて養殖します。
 ・メリット: 閉鎖環境なので、海にいながらノロウイルスや貝毒の侵入を完全にシャットアウトできます。「生食用」として絶対的な安全性を保証できるため、高値で取引されます。
 ・対・漁協: 海面を使わないため漁業権が不要で、漁協の干渉を一切受けません。

・ゼネラル・オイスター「あたらないカキ(8TH SEA OYSTER 2.0)」(沖縄県・久米島)
 ・仕組み: オイスターバー最大手が開発。海洋深層水を陸上のタンクに引き込み、餌となるプランクトンも無菌培養して与える「完全陸上養殖」に成功しました。
 ・メリット: 自然界のリスク(高水温、赤潮、ウイルス)を完全にコントロール下におけます。今年の夏のような異常気象でも、タンクの水温調整さえできれば関係ありません。

2. 【法的独立】特区制度による「漁業権の直接取得」
通常、漁業権は漁協に優先的に免許されますが、例外的に民間企業が直接権利を持てるようにした事例です。

・宮城県の「水産特区」(桃浦地区など)
 ・背景: 東日本大震災後、復興のスピードを上げるために村井嘉浩知事が主導し、猛烈な反対を押し切って導入しました。
 ・成果: 従来は漁協の下請け的な立場だった漁師たちが、企業(仙台水産など)と組んで法人化し、漁協を通さずに直接県から漁業権を取得しました。
 ・違い: 漁協の「平等主義」に縛られず、企業の資本で新しい設備を導入したり、生産調整(過密解消)をトップダウンで決めることが可能になりました。

3. 【経済的独立】ITベンチャー×生産者の「スマート養殖」
漁協の枠組みの中にいながらも、実質的な経営権をデータとテクノロジーで「自律」させる動きです。

・リブル(徳島県)などのベンチャー企業
 ・仕組み: 「シングルシード方式(カゴで揺らして育てる)」などの海外の先進技術を導入し、IoTセンサーで水温や生育状況を管理します。
 ・脱・勘と経験: 従来の「漁師の勘」や「周りがやっているから」という同調圧力ではなく、「データに基づいて、死なない密度で育てる」という科学的アプローチを徹底します。
 ・販売ルート: 漁協の市場に出すと「十把一絡げ」にされますが、彼らは自分たちでブランドを作り、ネットや飲食店に直販することで、漁協の販売網(共販)に依存しない収益構造を作っています。

結論: 「狩猟」から「工業」への転換
これらの新しいモデルに共通しているのは、牡蠣養殖を「自然の恵み頼みの狩猟」としてではなく、「リスク管理された工業製品(マニュファクチャリング)」として捉えている点です。

・従来(漁協主導): 「海にたくさん入れれば、たくさん獲れるはずだ」(運任せの漁業)
・新モデル(企業主導): 「生存率を上げるために密度を管理し、コストをかけて安全を売る」(管理された工業)

今年の大量死のような事態が増えれば増えるほど、「漁協依存モデル」の限界は露呈し、コストはかかっても安全確実な「陸上養殖」や「企業主導型」へのシフトが加速していくと考えられます。

陸上養殖の「コストダウン技術」と「高付加価値化」

陸上養殖のビジネス化における最大のハードルは「初期投資とランニングコストの高さ」であり、最大の武器は「安全と品質のコントロール」です。そこで、陸上養殖における「コストダウン技術」と「高付加価値化」について、現在業界で進められている具体的なアプローチを解説します。

1. 陸上養殖の設備コストダウン技術
陸上養殖は「電気代(ポンプ・温調)」と「餌代」が経営を圧迫します。これを解決するための技術トレンドは以下の通りです。

① RAS(閉鎖循環式)の効率化と「ナノバブル」
海水をかけ流すのではなく、ろ過して使い回す「RAS(閉鎖循環式)」が主流ですが、ろ過システムの維持費がかさみます。
・ナノバブル(ウルトラファインバブル)技術:
 ・目に見えない微細な気泡を水中に充満させる技術です。
 ・効果: 水中の溶存酸素濃度を効率よく維持できるため、曝気(ブクブク)にかかる電気代を削減できます。また、牡蠣の活性を高め、成長速度を早める(=養殖期間を短縮して回転率を上げる)効果も確認されています。
・低コストろ過材の開発:
 ・高価な専用ろ過材の代わりに、スポンジや特定の微生物を活用した安価なバイオフィルターの導入が進んでいます。

② 「餌(植物プランクトン)」の培養コスト削減
牡蠣は海藻ではなく生きたプランクトンを食べるため、陸上で育てるには「餌を培養する施設」も必要になり、これがコストの塊です。

・高密度連続培養装置:
 ・AIで光の量や温度を管理し、少スペースで爆発的にプランクトンを増殖させる装置(フォトバイオリアクター)の低価格化が進んでいます。
・未利用資源の活用:
 ・焼酎カスや醤油粕などの食品廃棄物を発酵させ、それをプランクトンの栄養源として使うことで、餌の生産コストを下げる研究が進んでいます。

③ エネルギーコストの「相乗り」
単独で施設を作るのではなく、既存のインフラを利用してコストを下げる手法です。

・LNG冷熱の利用:
LNG(液化天然ガス)基地の近くに施設を作り、ガス気化時に発生する「冷熱」を利用して、夏場の水温冷却コストをタダ同然にする試みです。
・地下海水の利用:
井戸を掘って地下から海水を汲み上げれば、年間を通じて水温が一定(18℃〜20℃程度)であるため、水温調整の電気代が激減します(JR西日本の事例などがこれです)。

2. 高付加価値化(ブランド化)の戦略
「安全」は当たり前として、さらに単価を上げるためにどのような演出が行われているか解説します。

① 「ノロウイルスフリー」という絶対的価値
陸上養殖の最大の売りは、ノロウイルスや貝毒のリスクを理論上ゼロにできることです。
・完全生食保証:
・通常の牡蠣は、保健所の検査で海域の細菌数が基準値を超えると「加熱用」として安く売らざるを得ません。
 ・陸上養殖は外部と遮断されているため、通年で「生食用」として出荷可能です。これにより、高級ホテルやオイスターバーと年間契約を結び、相場の2倍〜3倍の単価を維持できます。

② 「シングルシード方式」による美観と身入り
従来の日本の養殖は、ホタテの殻に沢山の牡蠣を連ねる「垂下式」ですが、高付加価値化では「シングルシード(一粒かき)」が採用されます。
・方法: 牡蠣を一つずつバラバラにして、バスケットに入れて揺らしながら育てます。
・メリット:
 ・波に揺られることで殻の縁が削れ、成長しようとして殻が深く(カップ状に)なります。
 ・「カップが深い=身が分厚い」**という最高級の形状になり、皿に盛った際の見栄えが圧倒的に良くなります。海外のオイスターバーではこれが標準です。

③ 「三倍体(さんばいたい)」による旬の破壊
ノコシ養殖のリスクである「産卵疲れ」を、バイオテクノロジーで解決したのが「三倍体牡蠣」です。
・仕組み: 染色体のセットを通常の2倍体から3倍体に改良した「不妊牡蠣」です。
・価値:
 ・産卵しない=夏でも痩せない: 産卵で体力を消耗しないため、夏場でも身がパンパンに詰まっています。
 ・成長が早い: 卵を作るエネルギーを全て成長に回すため、通常の1.5倍〜2倍の速さで出荷サイズになります。
 ・これにより、市場から牡蠣が消える夏場に「真牡蠣」を独占的に供給でき、極めて高い利益率を確保できます。

まとめ:産業化への鍵
これからの「勝てる養殖」のモデルは以下のようになります。

1. 品種: 「三倍体」を使い、夏場でも死なず、早く育つ種を使う。
2. 育て方: 「シングルシード」で、見栄えが良く身入りの良いカップ型を作る。
3. 場所(リスクヘッジ):
 ・最終仕上げ(出荷前2週間〜1ヶ月)だけ陸上水槽に入れてウイルスの浄化を行い、「プレミアム安全牡蠣」として高値で売る(完全陸上養殖よりコストが安いハイブリッド型)。

三倍体牡蠣(産卵しない牡蠣)が注目されるわけ

広島県での「ノコシの失敗」は、古い品種(二倍体)を古いやり方(過密垂下式)で無理やり引っ張った結果です。 一方で、ビジネスとして成功しているプレイヤーは、「遺伝子(三倍体)×技術(陸上・シングルシード)」で、環境リスクを無効化しつつ付加価値を作っています。
「三倍体(さんばいたい)牡蠣」とは、一言で言えば「海における種なしスイカ」のような存在です。これまでの「夏は産卵で痩せるから不味い・死にやすい」という常識を覆し、日本の養殖業を救う切り札として急速に普及しています。その仕組み、メリット、そしてなぜこれが「大量へい死」の解決策になるのかを詳しく解説します。

1. そもそも「三倍体」とは何か?
生物は通常、父親と母親から1セットずつ染色体をもらい「二倍体(2n)」として生まれます。人間も普通の牡蠣もこれです。一方、三倍体(3n)は染色体を3セット持っています。
・奇数なので子供が作れない: 染色体が奇数セットだと、減数分裂(卵や精子を作ること)がうまくできず、不妊になります。
・種なしスイカと同じ原理: 種なしスイカも三倍体です。種(子孫)を作る能力がない代わりに、実(身)を充実させることにエネルギーを使います。
・遺伝子組換えではない: 遺伝子そのものをいじる「遺伝子組換え」や「ゲノム編集」とは異なり、植物の品種改良でも古くから使われている「染色体操作」という技術です。自然界でも稀に発生します。

2. 三倍体牡蠣の「3つの革命的メリット」
この「子供が作れない」という特性が、養殖ビジネスにおいて絶大なメリットを生みます。
① 「産卵疲れ」がない(死ににくい)
先の話題に出た「ノコシ養殖の大量死」の最大の原因は、産卵によるエネルギー枯渇でした。 三倍体は卵や精子をほとんど作らないため、夏になっても「産卵」しません。
・体力が落ちない: 産卵で体力を使い果たさないため、夏場の高水温や貧酸素状態に対する耐性が、普通の牡蠣(二倍体)より高くなります。
・夏越しのリスク減: ノコシ養殖(越年)をさせても、生存率が飛躍的に向上します。
② 夏でも身がパンパン(通年出荷可能)
普通の牡蠣は夏に産卵すると、身の栄養が抜けて「水牡蠣(みずがき)」と呼ばれるペラペラの状態になり、食用に適さなくなります(これが「夏に真牡蠣は食べられない」理由です)。
・年中美味しい: 三倍体は産卵しないので、夏場でもグリコーゲン(旨味・栄養)を体内に留めたままです。
・真夏に出荷可能: これにより、本来はシーズンオフである夏場に、高単価な「真牡蠣」を市場に供給できます。オイスターバーにとっては救世主です。
③ 成長スピードが倍速)
普通の牡蠣は、摂取した栄養の多くを「生殖(卵を作る)」に使います。
・全振り: 三倍体は生殖に使っていたエネルギーを、すべて「成長(体を大きくすること)」だけに回します。
・時短養殖: そのため、通常2年かかるところを1年で出荷サイズになったり、同じ期間なら1.5倍〜2倍のサイズになったりします。回転率が上がり、リスクにさらされる期間も短縮できます。

3. どうやって作るのか?(安全性)
「人工的に染色体を増やすなんて、何か薬を使うのでは?」と不安に思われるかもしれませんが、出荷される牡蠣そのものに薬は使いません。
① 四倍体を作る: まず、特殊な方法(受精卵への温度刺激など)で染色体が4セットある「四倍体(オス)」を作ります。
②掛け合わせる: その「四倍体(オス)」と、普通の「二倍体(メス)」を交配させます。
③ 4n × 2n = 3n: 4の半分(2)と、2の半分(1)が合わさり、自然と「三倍体(3)」の子供が生まれます。
※市場に出回る三倍体牡蠣は、あくまで交配によって生まれたものであり、食べる段階で薬剤等の心配はありません。

4. 普及の課題と「広島のジレンマ」
これほどメリットがあるなら「全部三倍体にすればいい」と思えますが、課題もあります。
・種苗(赤ちゃん)が高い: 人工的に交配させる必要があるため、自然採苗(海で天然の赤ちゃんを捕まえる)に比べて、種苗コストが数倍かかります。
・黒ずみ(黒変): 三倍体は卵巣が発達しない分、身の一部が黒っぽく見えることがあり、見た目を気にする市場関係者もいます(味には影響しません)。

広島のジレンマ
日本一の産地・広島県は、伝統的に「天然採苗(海からタダで種を獲る)」で発展してきました。 そのため、「高い金を出して人工種苗を買う」というモデルへの転換が遅れています。江田島の「安芸の雫」や「牡蠣小町」が三倍体の養殖牡蠣としてブランディングされていますが、まだ主流とはなっていません。逆に、徳島県や兵庫県など、もともと種を買っていた地域や、後発のベンチャー企業の方が、三倍体導入に積極的で成功しているという皮肉な現状があります。

まとめ:最強のリスクヘッジ
「ノコシ養殖のリスク」に対する回答として、三倍体牡蠣こそが、現代の環境変化に対する「技術的回答」と言えます。
・旧来型: 普通の牡蠣を無理やり夏越しさせる(死亡率高・品質劣化リスク)。
・新型: 三倍体牡蠣を使う(産卵しないから夏バテしない・身入り良し)。

環境を変えることはできませんが、「環境変化に強い品種に変える」ことは可能です。 今後は、「ブランド牡蠣」と謳われるものの多くが、この三倍体(またはその改良型)に置き換わっていくはずです。

         

一年中美味しい「三倍体マガキ」御荘湾の牡蠣養殖と漁師の工夫、海への思い